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塩味ビッテン
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調律師版「はじめの一歩」。努力を唯一の才能として一流の調律師を目指す青年の成長譚を「美しい」とは何かの問いを交えながら綴っていきます。鴨川も鷹村も板垣も久美ちゃんも出てきますがライバル不在です。 
 「絵画」「料理」「音楽」をテーマにした小説は難しいと思う。それぞれの美しさを文字で表すには多分形容詞が少なすぎるし、突飛な比喩では読者に伝わり難いからである。と塩味は考える。そこにあえてチャレンジする作家は尊敬に値しますね。「絵画」に関しては原田マハさんがここの所飛ばしています。しかし楽園のカンヴァス、暗幕のゲルニカをはじめとした一連の彼女の作品は絵画はモチーフのひとつで、実はサスペンスであり物語の中心にいるものの、その美醜の表現にはことさらこだわる必要がありません。

 一方「料理」方面は名作マンガ「おいしんぼ」や「包丁人味平」を頂点とする美食対決が主流ですが、味覚は一般人でも毎日「美味しい感」は経験できているので陳腐な表現でもなんとなく共感できるのが利点ですね。しかし一流どころの文筆人の手にかかるとやはり「すざましい」ものがあり、魚味礼賛(関谷文吉)食通知ったかぶり(丸谷才一)などはいずれもエッセイではありますが、味を文字で著すとこんなに美味しいんだと感心させられます。

 さて「音楽」となると、これも最近ブームなのですかねぇ、さよならドビュッシー、「蜜蜂と遠雷」 とピアノ関係の話題作が連発されております。 

 そして本書です。 最大の特徴は「羊と鋼の森」では大きな事件が起きるわけではありません。コンクールやコンペティションは皆無です。人間関係のアヤはありますが、基本的に音楽というより「音」への根本的な思索が物語の中心となっているところが妙に哲学的 です。さすがに本屋大賞に選ばれただけあって全国の書店員さんの目は芥川賞や直木賞の選評者よりはるかに肥えています 。

 ピアノに無縁の人でも自然にピアノの音を想像できてしまう描写、特に音についての形容詞は無数に登場します。
かたい音、柔らかい音、くっきりした音、鋭い音、とがった音、生き生きとした音、ゴツゴツした音、丸い音、穏やかな音、平べったい音、弛緩した音、明るい音、暗い音、高い音、低い音、強い音、弱い音・・・・・
 これらの単純な形容詞のほかに春の風のやわらかさカケスの羽のやわらかさといった美しい比喩表現が満載です。これだけとっても十分に美味しい小説となっています。映画化されているようですが、映画館では当然音付きですのでこの美味しさの魅力が味わえないでしょうね。

 先述したとおりストーリーは比較的平坦です。何にも興味が持てない高校二年生の外村が、ある日、体育館にあるピアノを調律しに来た調律師・板鳥宗一郎と出会い、すっかりピアノの虜になります。そして調律師学校に二年間通い、板鳥の働く江藤楽器で働くことになりました。しかしまだまだ一人前ではありません。先輩調律師である柳に同行して修行します。
 そこで出会ったのが、双子の姉妹である和音と由仁。一卵性双生児なのにピアノの演奏は正反対で、周囲は妹である由仁の伸びやかな演奏をより評価していました。しかし、外村は和音の演奏に魅力を感じます。ともあれこの後、二人の音楽人生に寄り添っていくことになります。
 外村を指導する先輩たちの調律方針はそれぞれ個性的です。柳はお客さんの音の好みを丁寧に聞く調律。厳しい秋野は客に最もふさわしい音につくる調律。そして天才肌の板鳥がめざす音は
「明るく静かに澄んで懐かしい音、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている音、夢のように美しいが現実のように確かな音」
 外村はやはり板取に惹かれ刻苦努力します。
 そんなある日、双子姉妹の妹である由仁が突然、ピアノを弾けなくなってしまいました。そして、由仁が弾けなくなってしまったことに戸惑い和音もまた弾かなくなってしまいました。しかし半年後、悩みを振り切った和音は「私、ピアニストになりたい」と成長した演奏を披露し皆を驚かせます。由仁が弾けなくなったことで和音の中にあった情熱が迸るようになったのでした。更にピアノが弾けない由仁は「調律師になりたいです。和音のピアノを調律したいんです」と宣言します。彼女たちの決意に触発され、外村もまた調律師として理想を目指す決意を新たにします。

 ピアノの調律師と言う特殊な職業を通して、若者が成長してゆく姿が淡々と描かれています。山で生まれ森の中で育った主人公は、友達らしき人はいません。3人の個性的な先輩たちと少しづつ、心を通わせ調律の道を極めていこうとします。内省的で生真面目な主人公・外村の苦悩と成長を描いているこの展開は「ヲヲ!!はじめの一歩やんか!!」 。同じ職場の調律師もれぞれ調律法やこだわりが異なり特別な思い入れのある方ばかり。「ヲヲ!!はじめの一歩やんか!!」 。双子の片割れ・和音に対する純情な思慕の様子。「ヲヲ!!はじめの一歩やんか!!」 というわけで華やかなファイトシーンこそ無いものの静かで熱い物語展開は「ヲヲ!!はじめの一歩やんか!!」なのですよ。

 こんなに淡白な物語なのに、魅力的な言葉が散りばめられ、美しい情景が目に浮かぶような瑞々しさが本小説の最大の魅力です。映画化は失敗だと思いますよ(ゼッタイに見に行かないけど)。
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塩味ビッテン
塩味ビッテン さん本が好き!1級(書評数:2213 件)

「本を褒めるときは大きな声で、貶すときはもっと大きな声で!!」を金科玉条とした塩味レビューがモットーでございます。

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この書評へのコメント

  1. morimori2019-04-11 09:19

    塩味ビッテン様
    この小説、私も大きな感動を得たので共感にポチっとしたかったのですが・・・映画、とても良かったですよ~。小説では、音を聞くことができませんがあの表現が音となるとこんなに素晴らしいんだ!とより立体感を味わうことができました。「ぜったいに観に行かない」などとイケずをおっしゃらず、ご覧になると世界が広がるかと思います。(*^-^*)

  2. 塩味ビッテン2019-04-11 16:05

    morimori姐さんに勧められては行かざるをえませんなぁ。ロードショウは終わってるでしょうからヴィデオででも拝見させていただきます。

  3. No Image

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